ものがたりは、ひとまず此処までである。私はその後、大学を卒業したが就職はせず、若干の放浪生活を送ったのち、約一年間派遣社員をした。そして、清華大学ヘ行き、今日まで修士学生として国際法を学んだ。
蒸し暑い夏、時折に頬を撫でる涼しい風の中に、長春で訪れた溥儀の皇宮を思い出す。立派なエントランスホール、理髪室のターコイズグリーン、婉容の阿片部屋、光沢のある家具類。時が止まった、綻び一つ無い空間。そこに留まるよりほかになかった住人たち。
高校時代の鬱の経験は、間違いなく、今の私を形作っている。その時に感じた、生きていることに意味など無いのだという、目に見えない強い力で頭を地面に押し付けられるような感覚は、その後もフラッシュバックして私を襲った。その度に、寮の自室にあるスチール机の下に潜って、その感情の波が静まるのをじっと待った。それも今では、ふとした瞬間に緩やかに思い出されるだけである。
私はなぜ、そのような経験をしなければならなかったのか。その経験に何か意味はあったのか、それとも何の意味もなかったのか。終わりなき問いと共に、つい最近まで、その経験を否定しつづけてきた。しかし、実際には、肯定されなければならなかったのだ。生きていることに意味など無いと感じたのは、それがまさに、この世の真実の一つであったためである。そして、それはほとんど逆説的に、生きることに意味はあるのだというもう一つの真実を、私の目前に突きつけていた。これらの真実を前に、鬱になったことは、まったくもって、この社会で生きることに対する正常な反応であったのだ。
私が幸いだったのは、幾人かの尊敬に値する大人と、心優しい友人に巡り会えたことである。彼らは、私が自分自身の中に、何か煌くものをほんの一欠片も見出すことができない時期に、私の中にそれを見つけてくれたのだ。
皇宮の敷地内には、赤坂離宮庭園を模して造られた東御苑があり、澄んだ池には鮮やかな色をした錦鯉が放たれている。その夏、緑の庭園を歩きながら、私は確かに何かを感じたのであったが、それが何であったのか、思い出すことは叶わない。
二○二五年六月十五日 北京